〈橋渡りのばけいづこ〉あと語りです。今回もはじめていきます。上記3項目を踏まえた上での語りになりますので、先に見ておきたい方は↑リンクを先にご覧ください。

今回は、作者のトヤマ96が「インタビューを受けてみたい」とのたまったので、インタビュー形式の記事でお送りします。がんばってインタビュアーとインタビュー受ける人をやりますので、ご笑納ください。






ーー今回はインタビュー形式でのあとがたりということで、よろしくお願いします。

トヤマ96 はい。よろしくお願いします。インタビューを受けるのは初めてなので、少し緊張しています。

ーーこれ、一人で打ってるんですけどね(笑)。

トヤマ96 (笑)。

野球回という“概念”

ーー#5は野球回とのことでしたが、なんだか野球回の枠に収まらないオチになっていますね。どうしてこうなったのでしょう?

トヤマ96 ええと、まずは野球回という概念の話からしてもよいでしょうか?野球回というものが好きなんですよね。

野球回…野球が主題ではない作品において、登場人物らが野球に興じる回。有名なものはKey作品、近年なら呪術廻戦などでも。

トヤマ96 野球マンガを読むのもそれなりには好きなんですが、野球とは何も関係ないテーマの作品のキャラが唐突に野球をしはじめる様子が好きです。パロディものに近いかもしれませんが、野球の場合世界観や設定を変えずに発生させられるのが似て非なる点でしょうか。

私がリアルの野球を好きで見ているというのも勿論野球回が好きな理由の一つではあります。ですがそこが本質ではなくてですね、『それが主題ではない作品の中に登場するそれ』の魅力といいますか。

ーーおまけ要素ならではの魅力、ということですか?

トヤマ96 おまけ要素と言うと少しニュアンスが違うかもしれません。近い性質のものを挙げるなら、『恋愛モノではない作品に発生する脇役の恋愛模様』のような。ああいうものはなんというか、美味しいところだけを吸えてしまう、みたいなところがあると思っています。

ーー確かに、恋愛を主題にした作品の場合はつきものの障壁や関係性のこじれが発生しにくい印象はあります。RPGなどのサブキャラのカップル模様は。

トヤマ96 そうなんですよね。作品の本筋テーマにしてしまうと、それを強固にするために沢山の障害や問題を描かなければならないことが多い。でも、私はフィクションの恋愛や野球にそこまでは求めていないんです。だから、恋愛ものじゃない作品のサブキャラの恋愛とか、野球ものじゃない作品の野球回が好きなんじゃないかなと。

ーーなるほど。それが野球回という概念の本質であると捉えているのですね。

トヤマ96 はい、私にとってはそうですね。野球回、大好きなので、自分の創作世界を描いていくなら絶対にやりたかったです。



ーーでは、何故それが世界設定にまで侵食してしまったのでしょうか?

トヤマ96 侵食(笑)。まあそうですね、侵食しちゃいました(笑)。

この設定はですね、流石に創作世界立ち上げ当初は全く想定していませんでした。

ええとですね、創作企画を立ち上げ、世界観に好きな要素を色々と盛り込んでいく中で、一切決まっていなかった項目があったんです。

ーー政治・司法の項目ですね。

画像
▲公開時の政治・司法の項目(現在は削除済)

トヤマ96 ぶっちゃけてますからね。しっかり考えてないって(笑)。

これ、本当に何も浮かばなかったので保留してたんです。ファンタジー世界の統治と言えば、王様のようなトップを据えるとか、議会ですとか、賢人の集いのようなものであるとか、そういうものが殆どだと思います。世界を俯瞰する上位存在とかもありますかね。特にこだわりがなければ、そういう感じで良いと思うんですよ。多くの作品に登場し、共通認識にある設定は読み手への伝達共有性能が高いですから。

ただ、ですね、なんというか。

それだと自分のテンションが全ッ然上がらなくて、決めあぐねていました。

ーー仮文章にも『ジムリや部隊長概念みたいなのがいてほしい』とか書かれていますね。

トヤマ96 そうなんです。王族とか議会とか世界を裏から支配する者とか、そういうのじゃないんですよ。私がアガるのは。部隊長概念ですよ。護廷十三隊みたいなのがいてほしいんです。柱が必要なんです。だからぼんやりと、八百八郷はっぴゃくやきょうを八卦の形に割って、各地区を治めるボスがいるとか、そういうのならアリかな~と思っていました。でもイマイチ決め手に欠けていて。何をもって統治するのか?と。

ーー八百八郷はっぴゃくやきょう、というか『ばけいづこ』の時代は平和な雰囲気ですし、武力ではないですよね。

トヤマ96 そうなんです。でも統治者が全員頭脳議会マンじゃ楽しくないじゃないですか。それは部隊長概念ではないというか。やっぱバトルはしてほしいんです。部隊長には。

そこで野球と接続した感じですね。スポーツやホビーは平和な世界においてバチバチのバトルができる手段とも言えます。私の好きなものを盛り込んでいる世界ですから、野球で覇権を争っていても何らおかしくはない。野球なら、チームがあり、キャプテンやエースがいます。実質部隊長概念です。

ーーそう言われると、理に適っているような、いないような気がしてきます。

トヤマ96 野球でGガンダムで部隊長概念なんです。それで回っている世界の方が、自分は楽しくなれるので、そうしました。モチベーションに関わりますからね。

機動武闘伝Gガンダム…ガンダムシリーズの異色作。地球上で国家の代表ファイターがガンダムを用いた武闘大会『ガンダムファイト』を行い、世界の覇権を争うという、少年マンガ色の濃い熱血テイストの作品。

トヤマ96 これも先程の話に繋がるんですが、個人的には弊創作のこの設定が『お話の主題ではない』ことが重要だと思っています。この設定がお話の主題だと、野球ファイトで世界の覇権を獲りに行く話しか描けなくなりますから。主人公たちは全然違う話をしていて、その背景にしれっとこういう設定がある、くらいでいいんです。私の世界は。

ーーなるほど。それこそ非恋愛作におけるサブの恋愛模様のように。

トヤマ96 でも、いつかは野球をやっている人が主役の話も描いてみたいですね。今は井正いげただ沙華しゃげの目線で世界を描くことに手一杯ですが。本当は色んな角度で、色んなキャラの目線でこの世界を描きたいんです。しばらくは井正いげただ沙華しゃげで描きたいことがたくさんあるので、それがいつになるかは分からないんですが。

ーーいつかそうやって広げていけたらいいですね。一人分しか手がないのでなかなか大変ですが。
しかしまあ、野球回をやるぞという話は進捗でもずっとされていましたが、このオチを後ろ手に隠してたんですね(笑)。

トヤマ96 そうですね(笑)。野球回であることがメインの場合は、マンガの続きを開いたらいきなり野球回が始まった方が面白いので、多分隠してたと思います。野球回であること自体を。
余興野球回だと思ったらなんか世界観の話になった、というのがこの話のサプライズなので、野球回であることは事前に大っぴらにしていった方が面白いかなと。そのように読んでくださった方もいて、少し安心しました。

それはそうとして、#5が厳密な意味で“野球回”かと言われると微妙に、いや全然違うと思うので、いつかは本当の、余興全開の野球回がしたいものです。キャラがね、もっと増えたらね、オールスター感謝祭みたいな感じで、セルフ二次創作として、こう。

ーーやりたいことがたくさんありますね(笑)。

トヤマ96 そうなんですが、自分は一人しかいないのが困りものです(笑)。このインタビューも一人で打ってますしね(笑)。

野球こぼれ話

ーー野球に関していくつか質問です。トヤマさんは実際に野球が政治になっている世界に住んでみたいですか?

トヤマ96 いやあ……それは、いいです(笑)。
野球は娯楽として楽しんでいるので、政治が絡むと観戦する時の心持ちとか文脈も変わってしまいそうですし。

一応八百八郷はっぴゃくやきょうにおける『野球』にも娯楽の側面はあるので、ルールブックの1ページ目には『試合が終わったらノーサイド!』みたいなことが書かれていると嬉しいです。まあ基本的にあの世界はフィクションホビアニ文脈で動いてるんじゃないでしょうか、野球は。もちろん全てが問題なく回っているわけではないでしょうが。

ーー野球選手をしながら政治家もやらないといけない、というのは大変そうです

トヤマ96 そうなんですよね(笑)。まあそこもホビアニ文脈というか、野球選手全員が政治家のような雰囲気を醸しているわけではないと思います。政治や願いに興味ないけど頂点の野球で暴れたいぜ!みたいな人もいるんじゃないでしょうか。

近年は競技のあと歌って踊るコンテンツが色々ありますよね。有名どころ以外でもけっこう色々目にしたことがあります。メディアミックス展開する上で便利な設定なんでしょう。実はリアルの野球選手もけっこう歌ったり踊ったりしますが。
歌って踊るスポーツマンがアリなら、競技のあと覇権を握って世界を動かしてもいいんじゃないでしょうか。いいのかな?いいことにしておいてください。



ーーというか、政治、宗教ってその…

トヤマ96 はい、『初対面の相手にしてはいけない話題』とか『ビジネスの場でしてはいけない話題』とかしばしば言われる、『政治・宗教・野球』をもじったギャグです。迫真のデカ文字にしました。でもこれ、通じてるんですかね?古くからあるミームみたいなものではあると思うんですが、一般的な知名度がよくわからないんですよね。



ーー野球シーンで気をつけたことやこだわった部分などはありますか?

沙華のバッティングシーン

沙華しゃげのフォームなんかは一応実在選手を調べながら描きました。再現度にあまり自信がないので、元ネタにした選手名は黙っておきますが。沙華しゃげは記憶の中の色んな選手をトレースしてやっているので、毎回バラバラの構えです。体格が全然違うので完全な再現ではないでしょうが。

設定的に沙華しゃげのフォームは全て故人を参考にさせていただいたのですが、いかんせん資料が少ないのでポーズ人形がかなり役に立ちましたね。

写真のポーズを取らせて、カメラの向きを変えると資料が少なくても欲しい角度の資料が手に入るんです。これはけっこううまいことやったと思ってます。

ポーズ人形
▲左…資料写真を見ながらポーズをつける/右…角度を変えてマンガのシーンに必要なアングルに

おろしについては素人なので何も参考にせずてきとうに描きました。



それと、打撃の音の描き文字は少しこだわりましたね。野球といえば思い浮かぶオノマトペは『カキーン』ですが、これは金属バットの音なので沙華の打撃では使えません。

これをやるためにこういう動画を参考にしたりしました。プロ野球の打球音まとめです。これはパ・リーグの公式チャンネルなんですが、編集者たちがかなり重度の野球好きなのか、かなりニッチなテーマの切り抜きまとめをしてるんですよ。…まあ、私はあまり再現オノマトペ作りがうまくないので結局マンガ的な誇張を入れまくっちゃいましたが。

ちなみに、化式ばけしきバットは金属バットのような音が鳴ることにして差別化してます。現実でも金属バットの方がよく飛ぶので、モチーフとしては適切かなと。



ーーそういえば、トヤマさんはどんな野球作品に触れてきたのでしょう?

トヤマ96 今パっと浮かぶのはドラベース、ゴーゴー!ゴジラッ!!マツイくん、ミラクルボール、Mr.FULLSWING、OVER TIME、はじめての甲子園、アニメ版のMAJORやグラゼニ、MIX。そして昨年初めてタッチを読みました。タッチ面白すぎです。面白すぎマンガ。最近はサンキューピッチを読んでます。そこまで野球モノは数多く見れてないですね。有名どころもそんなに押さえられてないです。

ーー前半のラインナップで色々と察せてしまう気がします。

キャラクターと、一つの物語で見せられる側面の限度

ーーでは、キャラクターについてお聞きしたいと思います。五合坂ゴゴーザカおろしはこの回のために作られたのでしょうか?

颪立ち絵

トヤマ96 そうですね。野球回をやることだけ決まっていた段階ではゲストキャラはぼんやりと、普通にスポーツマンな陽キャタイプを想像してたんです。だけどそれだとお話が浮かばなかったので、結果的に真逆の性格になりました。ステータスサイコロの結果が『身体能力9・社会性1・魅力2』という極端なものだったので、ムキムキの陰気ボーイに。こういうキャラ付けは少しTRPGっぽい気がしますね。

ーーこれまでのゲストキャラと違い、設定ページのバックストーリーが充実しているのが気になります。

トヤマ96 これはですね、サイト形式でやる創作の味を出してみたかったというか。井正いげただ沙華しゃげの物語である『橋渡りのばけいづこ』においては、おろしの過去を掘り下げて描く意味はないんです。それでも、登場するキャラクターにはバックがあった方が説得力が出ますし、言動の方向性も定めやすい。ということで考えてみたおろしの設定は、マンガ内ではなくサイトのキャラページに記載してみました。

マンガ一本で勝負している場合こういうことはできませんけど、複数の手段で創作世界を構築していこうというウチのコンセプトならこういうキャラ表現もアリかなと。

『パラノマサイト』のキャラクター資料が好きなんですよね。本編シナリオ中ではキャラクターのバックグラウンドを長々語るようなことはせず、プレイヤーが能動的に読む情報ファイルにのみ詳細が記載されている、という。ちょっとあれを意識してみました。

パラノマサイト…昭和後期の墨田区を舞台にしたホラー風味アドベンチャーゲーム。呪いの力を手にした登場人物たちによる『蘇りの秘術』を巡る群像劇。

トヤマ96 それと、あれのイメージもあります。TRPGのキャラを作った時にキャラクター保管所などで長文のバックグラウンド設定を書くんだけど、参加シナリオとは全く関係ないので生かされないやつ(笑)。

ーーああ(笑)。覚えがあります。

トヤマ96 とか言いましたが、ネームの初期段階ではもう少しマンガ内でおろしの過去を描く予定でした。ただ、作っていくにつれて「この話の軸は世界観を見せることなので、おろしの過去や問題点を見せたり解決したりすることに尺を取る必要はないな。話の軸がブレるから盤外記載でいいな。」と判断し、全面的に削除しました。本当にうっすらとした匂わせだけが残っています。

ーーマンガ内での匂わせとは、どの辺りでしょうか?

トヤマ96 アバンのお爺ちゃんの「あの一家は離散した」と、あとはおろしの独り言的なボヤきですね。ぶっちゃけマンガだけ見ても彼のバックグラウンドは一切察せないレベルだと思うんですが、本筋を読むのに邪魔にはならないかなと。

ーーおろしの設定詳細に登場する『流れ着いたとある離れ島で出会った小さな不定形の化妖ばけよう』がかつての井正いげただ、ということですよね?

トヤマ96 そうです。井正いげただはかなり存在が曖昧な方の化妖ばけようなので、昔は不定形のあやふやなモンスター状でした。その時におろしと対面しています。井正いげただは覚えてないし、おろし側は井正いげただの姿が違いすぎて気付いていませんが。ただ、ステータス的におろしの直感はけっこう鋭いようなので、不思議な親しみを覚えた結果謎にグイグイ距離を詰めてきた、というイメージです。何か自分にとってよい相手なのではないか、という感覚だけがありました。

…ということを考えながらマンガ・設定文章を双方絡み合うように意識して構築したのですが、読み取れなくても別々で楽しむ上では特に問題はない……と思います。

ーー幼い頃に会っていた、というのはそれなりに重要な設定のように思えますが、今後このふたりの特別な繋がりを描くことはあるでしょうか?

トヤマ96 ないと思いますね。その点はですね、ちょっと自分のオタクとしてひねた部分が出ちゃいました。

ーーひねた部分、と言うと

トヤマ96 『実は昔会ったことがある』って禁止級チートカードだと思うんです。どんな関係性でも、そのカードを切った時点でエモエモ無敵モードに入っちゃうから。追加ヒロインとかに『昔会ったことある設定』がついてるとオイ!!ズルだ!レギュ違反だろ!!って思っちゃいます。もちろんオタクとしてはこれ込で大好きな関係性も沢山あるんですけど。

描き手としては、ばけいづこでこのカードは絶対切らないぞ、と(笑)。そういう意思表示のために、極めてどうでもいいところで切りました。ここで手札を消費したので、今後どれだけまかり間違っても井正いげただ沙華しゃげが実は昔どこかで接点があった、みたいなタイプのエモ展開にはなりません。できません。しません。

ーー初めて聞く退路の絶ち方ですね。

トヤマ96 どうでもいい、と言いましたが、これはおろしがどうでもいいキャラという意味ではなく、井正いげただおろしの関係性はかなり軽く扱ってよいもの、というようなニュアンスです。すべての関係性が因果として強く結びつく必要はなく、昔会ってた設定が特に何に生きるでもなく自然分離したっていい。そういう感じのことがやりたかったです。井正いげただの目的と、おろしの切望は、同一シナリオ内で絡み合うものではないんです。

ーーなるほど。おろし井正いげただの物語には絡まないと。そうなると、彼は今後どうなるんでしょうか?

トヤマ96 井正いげただとは関係ない物語で生きて動いているところが見たいですね。井正いげただとかいう偏りきったキャラの歩む物語などではなく、おろしの物語で。彼はとても不完全で未完結な存在なので、いつかまた何かの機会で描きたいです。井正いげただ沙華しゃげが一段落ついたら、ですが。

ーー野球の話といい、描きたいものが沢山ありますね。

トヤマ96 そんなふうに枝葉を広げていきたいと思っています。問題は自分が一人しかいないということ、これに尽きますが。本当に……。逆に言えば現時点では一生遊べる庭なんじゃないかとは思っています。

制作振り返り

ーーこれも何気に恒例となりつつありますが、今回の制作でうまくいったことや、逆に反省点などをお聞きしていっても良いですか?

トヤマ96 はい。ではまず反省点からいきましょうかね。

反省点は……これ毎回のことではあるんですが、ネーム作るのが下手ですね。ひいてはプロットも下手だなあと思いました。

ーーと、言うと

トヤマ96 私は『おおざっぱなあらすじとオチを脳内で夢想』→『おおざっぱな流れを文字に起こす』→『プロットで内容を具体化する』→『台本形式でセリフとト書きを起こす』→『セリフをマンガに流し込む』という流れでマンガを作っています。

で、だいたいネームでつまづくんですよね。プロット段階では『ここからこういう流れになる』となっている部分を実際のシーンに起こすと、『いや、これうまく繋がんなくない?』となる。流れを繋ぐのが難しすぎます。ジョイント部がガバガバで。

なんというか、後の作業への見通しが甘いんです。で、今回ひどくて、セリフとト書きの台本まで終わってクリスタに流し込んで、作画作業を初めた後に違和感を覚えてネームを大工事する、というのを2回もやってしまいました。

ーー2回も、ですか


▲ネーム直しでボツになったページの山(貧乏性なので削除できない)

トヤマ96 変なところはプロットとネームで潰してから作画に入るべきなんです。大幅にマンガをいじるの、無駄にコストがかかりますから。だのに何故かね、作画に入るまで違和感に気付けないんですよね。怖いですよね。

ーー具体的にどう直したか、お聞きしても?

トヤマ96 大きな部分ですと、後半20ページくらいの構成をガラっと変えました。沙華しゃげが場外弾を連発した後くらいからはほとんど内容が変わっています。作画途中で変えたくなってしまって。

初期段階のネームだと、
『試験に落ちたおろしがド落ち込んで井正いげただ化遣衆ばけんしゅうに頼ればいいんじゃね?となる』

おろしの過去描写も交えつつ野球の謎の影響力の大きさを描写』

井正いげただがなんか無関心でキツいこと言う』

おろしがショックでその場から逃げ出す』

『一連の流れを見ていた沙華しゃげが疑問を投げる「野球って何?」ー野球の説明へ』
こんな感じでした。

このプロット、問題点が無数にありまして、『おろしの過去描写も混ぜ込もうと欲張ったせいでページ数がかさむ』『この後の野球の説明が文字会話ばっかりになる』など色々あったのですが、最大の違和感にですね、作画中に気付いてしまいました。

ーー最大の違和感とは?

トヤマ96 ドラ蔵がね、ドラ蔵らしくないんです。おろしがショックでその場から逃げ出した時、元ネームのドラ蔵はなんとなく彼を見送っていました。でも、ドラ蔵の性格を考えたらショックを受けて逃げ出した相手を悠然と見送るか?なにはともあれ追いかけるのではないか?と。
そもそも、化遣衆ばけんしゅうの力を借りることを提案したのもドラ蔵です。そこでは世話焼きを発揮していたのに、その後フォローなしなのは変だろと。話の都合によってドラ蔵が世話焼きになったりドライになったりしてるじゃんと。


▲ボツネームの一部、おろしが逃げ出す場面。井正いげただを思いっきり突き飛ばすのはちょっと面白い。

そして、ドラ蔵が追いかけてしまうとおろしは退場できません。ドラ蔵の移動能力と確保能力はかなり高いので。『ばけいづこ』におけるおろしの出番はここで切っておきたかったので、ドラ蔵に回収されるとちょっと困るんです。話何ページにするつもりやねんと。かといってドラ蔵がおろしを逃がしても嘘になるし。ドラ蔵、野外でのスペックが高すぎるんよ~。

まあ、うまいことやるマンガなら『野球という世界観を見せつつ、おろしの問題解決も描く』ができるのかもしれませんが。私は今回おろしの問題は投げっぱなしにするつもりだったので。

ーードラ蔵のパーソナリティと物語でやりたいことがエラーを起こしてしまったんですね。

はい。ここで私のプロットがやりたいことを優先してドラ蔵を静観させてしまうと、彼のキャラ性を無視することになってしまいます。それはよくないなと。今後に関わってくるなあと。

そういうわけなので、『おろしが退場でき、ドラ蔵が追いかけられない状況』として、スカウトマン大パニックを起こすことにしました。これでけっこう色んなことが一気に解決したんですよね。

まず、おろし井正いげただにキツいこと言われただけで逃げ出すか?という問題。井正いげただのキツい反応はダメージではありますが、ショックで走り出すほどではない気がします。井正いげただもただあんま興味ないだけで意図的にダメージを与えようとはしてないですしね。

そこでスカウトマンです。おろしは自発的に野球に関わることができていませんが、心の奥に『ワンチャン自分を見込んで誰かがスカウトして連れ出してくれないかな』という人任せな欲がありました。もっと抽象化すると、ある日突然特別な何かに選ばれて受動的に物語の中心に躍り出る主人公のような存在への憧れ、というか。

そういう欲求が心の底にあったもんだから、不意に現れた大量のスカウトマンを見て、「もしかして…自分!?」と一瞬思ってしまいます。次の瞬間にはその対象が沙華しゃげであったことが分かるのですが。

そして、おろしは自分の世界を変えたいが変えられない、鬱屈した青年です。その目の前で、自分をガンスルーした上で、違う人に対して「キミなら世界を変えられる!」……これくらいやれば、ショックでその場から逃げ出してもおかしくないかな……と。

ただ、色々後から付け足したのでおろしの性質については作中描写不足になってしまった感もありますね。キャラ設定ページで補完するしかなかった。全てプロットの甘いトヤマが悪いです。

それで、スカウトマンが押し寄せてパニックになればドラ蔵はおろしを追いかけることができません。寧ろ、沙華しゃげ井正いげただを連れて逃げるために全然違う方向に駆け出さなければいけない。更に、野球に異常に必死になり、世界を変えられるなどと息巻くスカウトマンを見た沙華しゃげは思うわけです。「野球ってマジで何?」と

そこからこう、動きながらある程度の設定説明をする。いつも説明がクドい井正いげただも、流石にあの状況ではある程度簡略化して語ります。元ネームでは長かった説明を大幅カット

……ということをやった結果、ページ数が初期ネームから7ページ減りました。

ーー7ページも。

トヤマ96 そんなに贅肉あったんかいと自分でも愕然としましたね。

違和感があってあまり上手く繋がらなかったシーンを、キャラらしさファーストに組み替えると(自分なりには)しっくりきた上、ページ数まで減らせたという。なんか“真理”の体験をした気がします。

反省点というか次回への自戒(激ウマギャグ)としては、プロット段階であらすじにばかり注視しすぎず『その場面の各キャラは何を考え、どう動くか』を逐一意識してネーム以降のバグ原因にならないようにしたいですね。できるかな……精進します。



ーー他に何か気になる点はありますか?

トヤマ96 これは反省というより不安というか、自分としては変える気はないけど見る人的にはどうかな……いや変えないけど……みたいな部分なんですが、相当ぶっ飛ばしてしまったな、とは思っています(笑)。なんだよ、野球って。

こういう話、トヤマ96が野球を見ているということを知っている人なら「あいつやってんなw」ってなると思うんですが、作品単体だと「は?」てなるんじゃないかなと。なんで知名度もないペーペーの趣味描きのくせに作家読み必須みたいな話を描いてるんだ、って。

ーーそれは確かに、そうかもしれません(笑)。

トヤマ96 一応、前提としてこのマンガはマンガ単体でやっているわけではなく、格納用のサイト(ここ)と連携しながら世界観を広げていく、というコンセプトなので、それが分かっていただけていればまだギリギリ理解できなくもないかもしれませんが。

この形式が自分なりのオリジナリティというか、魅力的な作品が数多あふれるこの世界で自分がわざわざオリジナルで筆を執る意味だと思っているので、今後もこの形式でやっていくつもりです。ただ、そうなってしまっているので未だにpixivとかにマンガ単体を投げに行く勇気がないんです(笑)。サイトというパッケージで包まない丸裸のマンガを外部サイトに出す勇気がない。

理想はマンガ単体でも楽しめる、サイトと合わせるともっと楽しめる、だと思います。マンガ単体で楽しめるようにするにはどうすればいいか?と考えると、それはやっぱりキャラクターの魅力を出していくこと……なんですかね?どう思います?

ーー私に聞かれても困ります。

トヤマ96 基本的には自分を喜ばせるための自己満足でやってるんですが、どうせ公開するなら分かるものを、ワンチャン面白がってもらえるものを作っていきたいのですよね。

そういえば今回、感想ではなくスムーズに読めたか、とか話の流れが把握できたか、とかを聞く品質調査みたいなアンケートをやろうかなって少し考えたんですけど……回答数で読者数を可視化するのが怖くてやめました(笑)。



ーー逆に、ここはうまくいったという点はありますか?

トヤマ96 導入部分と、沙華しゃげの打撃シーンは場面転換を圧縮してテンポよく描けたんじゃないかなと思っています。やっぱりこう、最初に起きたことをバシっと見せてからカメラを引いていくような感じで組めるとテンポ感を作れるような……気がします。

CLIP STUDIO製本プレビュー

今回はかなりメクリ(本にした時めくった直後にくるコマ)を意識してネームを作ってみました。まあ掲載は縦スクロールなんですけど。いつか本にできてそれを手にしてくださる酔狂な方がいれば見てみてください。

CLIP STUDIO製本プレビュー
▲2ページずつを意識した打撃シーン

今後の構想

ーーでは最後に、今後の予定などがあればお願いします。

トヤマ96 次のお話で区切りまで進行する予定です。まだ確定ではないですが

ーー区切り、というと最終回のようになるのでしょうか?

トヤマ96 いいえ、XXX編・完……みたいな感じです。あまりしっかり提示できてませんが、いま井正いげただたちって西の端の方から中央の街に向かって進んでいるところでして。この行程は次で一区切りにして、そろそろ中央に到着させたいなと。

それと、今のところは1話で話が一区切りになるようにやっていますが、次回は2話かける予定です。区切りなので。

あ、その話する前に小ネタ回やります。おまけページくらいのローコスト作画でゆるいのを。

ーーなるほど、次回も楽しみです

トヤマ96 トヤマ96の創作を一番楽しみにしてるのはトヤマ96ですからね。ねっ、トヤマ96さん。

ーーウッス(笑)。

ーーでは最後に、ここまで読んでくださった方に一言お願いします。

トヤマ96 いや本当にこんなところまでお読みいただき、ありがとうございます。マンガもやりたいことの割にページ数多いし、創作語りも余裕で1万字超えるし、どうしてこうなっちゃうんでしょうと常々思っています。貴重な時間を割いてお付き合いいただいている方への感謝は尽きません。面白がっていただけていたら幸いです。